椎名林檎の旦那の弥吉淳二との離婚原因は?略奪婚から始まった愛

椎名林檎さんと言えば、本能のままに生きていく感じがいいですね。本当に本能のままではなかったようですが、子供を産んでから家庭に入ろうといしていたけど、これもまた運命だったのかなと思います。今回は、略奪婚から始まった椎名林檎さんと弥吉淳二についてまとめました。

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弥吉淳二を略奪

1998年にメジャーデビューを果たした林檎さん。1999年から林檎さんのツアーに参加したのが弥吉淳二さんでした。

当時、既婚者だった弥吉さんでしたので、二人の関係性に気づき周囲に交際を反対されていたものの二人はそれを押し切り2000年11月極秘入籍をしました。

弥吉さんが離婚したのは2000年9月。二人が結婚したのは2ヶ月後の11月。離婚してすぐに林檎さんと籍を入れたのは、もうすでに林檎さんのお腹の中に赤ちゃんがいたからなんですね~。これは二人の計画だったようです。

「臨時ニウス」

この度、私の腹は新しい生命を授って居ります。
「出来ちゃった」とか云うのとは全く具合が異なります。

私は、以前よりお付き合いさせて戴いていた男性と、
「さあ、つくろう」と創造活動に勤しんだのですから。

さて、私共の場合は、本番たった一度で
「よし、着床完了。」と思って居りました。

子はじきに五ヶ月になりますが、皆様への御報告が遅れまして、
大変申し訳御座居ません。

兎に角、私は腹の子の父親である男性と、出来る限り助け合い、
共に生きていくことを決心して居ります。大丈夫です。
様々な御心配、御無用DEATH。おぼしめせ。

文からまだ22歳の林檎ワールドを感じますね~。1999年に発表された「丸の内サディスティック」の歌詞の中で「将来層になって結婚してほしい」というフレーズ。

結婚した2000年に「罪と罰」をリリース。歌詞の中にある「不穏な悲鳴を愛さないで未来など見ないで確信できる現実(いま)だけ重ねて」とありますが、これはもはや願いでしょうね。相当、二人は周囲に反対されていたという事になりますね。

子供は2001年7月に第一子となる男の子を出産。

〈子の共同制作者であり、私にとって掛け替えの無い伴侶である人間〉

弥吉さんの事を紹介していました。これから幸せな家庭を築くと思いきや、二人は1年2ヶ月でスピード離婚となりました。

2人は2002年1月に離婚届を提出し、昨年7月に誕生した長男は林檎が引き取ったという。

椎名林檎と弥吉淳二の離婚原因は?

二人の離婚は林檎さんの不倫だったのではないかと噂されていましたが、不倫して離婚して若い女性と再婚した事実があるのは弥吉さんの方ですからね。まだ1歳にも満たない赤ちゃんを連れて不倫は難しい過ぎますね。

子供を産んでから家庭に入りたいと思うほど母性溢れていた人が不倫するとは考えにくいですよね。

もう一つの噂では、弥吉さんが、子育てや家事をせず、家にあまり帰って来なくて林檎さんの堪忍袋の緒が切れたのではないかと言われています。

離婚後の二人

離婚後も弥吉さんは、父親として子供の運動会などの学校行事には参加していたようです。離婚後も元夫婦二人揃って参加しているのを目撃されていました。

2018年に弥吉淳二が他界

2018年1月26日に闘病の末に49歳で他界。約2年半の闘病生活を続けていたそうです。病名は本人の希望で最後まで明かされる事はありませんでしたが、噂では膀胱がんだったのではないかと言われています。

膀胱がんは50%は喫煙が原因と言われています。喫煙で膀胱がんになる事がビックリでしたけどね。本当にタバコは百害あって一利なしですね~。

一度は愛し合った男で子供の父親の死はやはりとても辛かったでしょうね。子供を抱えて、仕事をして目まぐるしく忙しい生活の中での元旦那の死。よく耐えたなと思います。離婚や元夫の死から約11年。

今の内縁の夫との出会いと新しい生命の誕生で彼女は大きく救われた事でしょう。

現在の旦那・児玉祐一さんとの馴れ初めまとめ記事はこちらから

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